vol.08
鯵坂英賢さん
有限会社寿楽フードサービス
代表取締役社長
鹿児島県
行きつくのは"シンプル"。足すことも、引くこともなく
43という鹿児島県内の市町村の数。その地域性・特色に焦点を当てて、季節ごとに各市町村それぞれの“本物“の味を表現するレストラン「43Kitchen Ohju」。実際に農業、水産業、畜産業の現場に赴き、その“思い“を伝統とモダンの和食で形にするのが料理人オーナーの鯵坂さんです。2021年の開業より、瞬く間に人気店となった店のコンセプトには、“視点と感性“がありました。
–もともとそこにある”価値”に気付くということ
例えば店の料理について私が「こうあってほしい」と考えたとき、それは、“本物“の美味しさを提供するということだと思っています。鹿児島には43の市町村がありますが、それぞれ“43の地域“で作られている食材はもちろん様々です。味噌や醤油などの調味料だって地域性があり違います。私が注目するのは、そんな地域に根付いた“素材の価値“です。現代のスピード感の中で思わず通り過ぎていた地域の素材に焦点を当て、その背景を紐解くこと。そこには大切にすべき「ヒューマニズム」があり、次の「食のビジネス」への可能性があると思っています。
–43という鹿児島の市町村の数。その特色を“料理“で
鹿児島県庁の周辺はビジネス街で、それほど飲食店は多くありません。しかし、県の行政の中枢地区へは、県内の市町村や県外から多くの人が集まります。そこへ私は、これからの“食産業のあり方“を提案したいと思いました。店名に冠する“43”は鹿児島県内の43の市町村の数を表していますが、店では、1年を通じて各地域ならではの素材や調理法に注目し、料理で表現することをコンセプトにしています。例えば、秋冬は長島町、来年の春夏は錦江町、その次は志布志市、といった風にです。
–コロナの時期にもたらされた、食への“気付き“
ガラッと私の視点を変えたのは“コロナ“でした。もちろん、この時期に店は大きなダメージを受けました。しかし、このときの大きな“空白“の中で、私はこれまでの中で見過ごしてきた大切ななにかに、目を向けるきっかけを与えられたような気がしています。それは人間味、ヒューマニズムの大切さというものです。10代でこの道に入り、料理の道を進んできた私の、新たな気付きといっても言い過ぎではありません。料理は素材から作られます。そしてその素材にはそれぞれに、育まれた“自然“という土地柄があります。そして、そこには必ず人がいるということ。
–本質こそ、しっかり見つめたい
本質があればいいと、料理については思っています。それが私の考えです。例えば、壁に架かる「流木」などのオブジェは、ただその土地の海岸に落ちていたもの壁に架けただけのものです。一見何気ないものにも、すべてに本質はあります。日常を立ち止まってみると、そのことに多く気付かされます。すると、新たな視点が生まれ、新しい価値が見えてくる。この“立ち止まって眺める“ことを、私は大切にしていきたい。
–行きつくのは“シンプル“。足すことも、引くこともなく
当店は黒酒を使っています。是非試してみてはと思います。黒酒を使った料理、黒酒を使わなかった料理とを食べ比べてみてください。恐らく、プロでない方でも味の違いに気付かれると思います。“旨み“がまろやかになる。当店の使い方は、ささいなものです。下処理として、微量を素材に振りかけるだけ。これだけです。しかし、このささいな下処理の一手間が料理の仕上がりを左右します。料理の素材を活かすということ。和食屋として、また私自身の考えとして、いきつくのは“シンプル“なものです。